2012年7月31日火曜日

出会いと駆け引き (平成24年7月)

さて早くも一年の折り返し点を過ぎました。
北海道産施設の着工、大型草食獣館(仮称)の着工、中央のトイレ、
ボルネオにレスキューセンターの着工と続きます。
今年の夏は節電、最悪計画停電といわれていて
その対応も考えておきながらですが、動物園的には暑い夏になりそうです。

今年に入り例年になく多くの動物が出ていったり入ってきたりしています。
ライオン、シロテテナガザルなどの旅立ち、
ユキヒョウ、レッサーパンダ、シロテテナガザルなどを迎え入れています。
今後も予定が複数あります。
動物園の場合、自分で新たな相手を見つけたり
新たな住みかを捜すことはできませんから、
人間がコーディネートしてあげることになります。
次の代を育める可能性を探り最大限に努力するのが
命を預かる我々の使命でもあります。

新たな場所では新たな出会いが待っていることになります。
先日来たシロテテナガザルのメスは、
両親から離れて始めてのオスとの出会いでした。
環境にもすぐに馴染み、同居を開始しました。
お互いにちゃんと挨拶も交わし、
まだ若いメスもリラックスしているようでした。

そろそろ外の放飼場に出そうかと言っていた朝、
太股に怪我をしオスの姿を目で追い怯えて小さくなっていました。
おそらくエサを食べている時に、本来オスが食べるものに
ふと手を出してしまったことが原因ではないかと思われました。
怪我自体は見た目は大げさに見えますがとても浅いものだったので、
オスにしたらコラダメッ!程度だったのでしょう。
ただメスにとっては大きなショックだったことは想像に難くありません。
お客さんから「怯えきってかわいそう、なんで一緒にしておくの」
と言われたりします。

でもここで分けてしまっては、
自分たちで問題を解決するきっかけを奪ってしまいます。
お互いが性格を分かり合い、
ペアになっていく過程なのだと考えています。
勿論任せっぱなしではなく、エサの与え方に工夫をしたり、
お互いが前向きになれるように
環境を整えてあげることが自分たちの重要な仕事になります。

昔は猛獣類などのペアリングでは、精神安定剤などをあらかじめ投与し、
ごまかしながら同居を開始したりしました。
だんだんと投薬量を減らし同居できるように持っていくのですが、
一緒には居れてもペアにはなれない場合が大半でした。

その動物なりにお互いがコミュニケーションを取り合い、
関係を築いていくことが(人間から見ると荒々しく見えることもありますが)
その動物らしい生き方に繋がっていきます。

2012年6月30日土曜日

動物園とは (平成24年6月)

今年は北海道でも節電が叫ばれる夏になりそうです。
節電はもとより、暮らし方そのものを考えなければいけないのでしょうね。
原発を補う電力はあるとも言いますが、
ほとんどが化石燃料を使った発電で、
Co2削減の議論はどこに行ってしまったのだろうと思うくらい
話題から消えていますね。
発電ロス、送電ロスを考えると
現時点で電気はエコではなくなってしまいました。
今だからこそ今ではなく10年後20年後を見据えた議論をして欲しいし、
自分たちも真剣に考えなければいけないでしょう。

先月、日本動物園水族館協会の加盟園館長が集まっての
総会と協議会が旭川で行われ、将来の動物園水族館のあるべき姿について
シンポジウムを行いました。

その中で「なつかしい未来」という言葉が出てきました。
自分がこどもの頃天気予報は明日の天気しか予報していなくて、
しかも当てになりませんでした。
一週間後の遠足が晴れますようにと、てるてる坊主を窓に下げ、
遠足の日まで毎日朝起きるとドキドキしながら空を見ました。
昔の方が楽しかったなとふと思いました。

同じ動物でも、剥製を展示している博物館は、理論や科学、技術論など
理屈で対象を理解する場です。
動物園は生きた命を見てもらっています。
生きていることは理屈ではありません。
どんなに科学的に理解しても、その日何歩移動するか、
何時何分に糞をするかは分かりません。
科学や技術がどんなに進歩しても生きることの幸せは、
その中からは見えてこないでしょう。
動物園の可能性のすべては
ヒトも含めて生き物が集まる場所であることに集約される気がしました。

総会の前日から3日間建物の中で缶詰になっていました。
風も気温も太陽の光も感じることはなく夕日も見ることはありませんでした。
総会が終わり、昼に動物園に戻ったのですが、
動物たちの匂いや気配をとてもなつかしく感じホッとしました。
動物園最高!そんな感じでした。
当たり前のことがこんなに愛おしく感じたのは久しぶりでした。
動物の話が出てこない手紙になってしまいました。

2012年5月31日木曜日

心機一転 (平成24年5月)

新しい年度になりました。
この冬はとにかく雪との闘いでしたね。
ペンギンの散歩も雪を集める苦労もせず、
いつ止めるかの協議もせず
冬期閉園日までできてしまいました。
いいことではあるのですが、
それにしても雪解けが遅いのには閉口します。
記録的に遅いのではないでしょうか。
春の開園準備が雪割り作業で終わってしまうのではないか
という危機感が現実味を持っています。

4月に入ってとても嬉しいことがありました。
ゴマフアザラシのカムイが出産しちゃんと子育てができたのです。
自然保育も7年ぶりで二重の喜びでした。

カムイは平成12年釧路市動物園に
まだ白いこどもで保護され旭山に来ました。
その年はぺんぎん館がオープンする年で、
カムイはペンギンと一緒に飼育する予定でした。
カムイだけ他のアザラシとは一緒にせず、
人の気配のない小さなプールしかない越冬舎で飼育をし、
ぺんぎん館オープンの数日前にぺんぎん館に引っ越しをしました。
人に対する警戒心が強くとても神経質な個体になってしまいました。
飼育係の手をかじってしまったり、
ペンギンを追い回したりと問題が起きました。
すべてをストレスに感じる個体にしてしまったことを反省して、
アザラシ舎に移しました。

カムイは平成19年、21年に出産をしましたが、
最初の子は出産当日に溺死、2回目は育児放棄でした。
母親とはぐれた保護個体であること、ぺんぎん館で無理を強いたこと、
どこかで現在の生活環境を信じることができないのではないか、
そんなことを感じていました。

今回の出産は夜中だったのですが、
翌朝やはり育児をする気配がありませんでした。
母親になれたのは、担当者の粘りでした。
子の元気はあったのですぐに人工保育を決断せず、
母親に任せる努力をしたのです。
実はこの7年間に担当者は4頭の人工保育を成功させてきました。
アザラシの母親替わりをした経験が、どこまで子の体力が持つのか、
どのタイミングで乳を飲もうと鳴くのか、
母親の母性が目覚める可能性があるのか、
分かっていたから粘れたのです。

子をカムイのそばに移動し、
子がオッパイを飲みたくて乳首を探す行動と、
カムイがふと無防備になるタイミングが重なり、
乳を吸われたことで母性が目覚めたのです。
母と子の関係が築けたのです。

今にして思えば良くも悪くも一大ブームになる導火線だった
ぺんぎん館ができ、ひたすら走り続けてきましたが、
自分の中ではとても大切なものを置き忘れた後悔があり、
気がかりだったのがカムイでした。
カムイが母親になれたことで
自分の中でも一つの区切りになった気がしています。

心機一転の新年度です。