2014年11月17日月曜日

雌カバの名前は「旭子」に決定! (平成26年11月)

今年は10月に入り近年になく気温の低い日が続いています。
思い返すと昔はこんなもんだったようにも思います。
10月下旬の第3日曜日が閉園日だった頃、
雪の閉園日ということもありましたからね。

今年は冬タイヤへの履き替えも早めにしなければいけないのかな、
なんて思っています。
地球規模での気温上昇と同時に、気候の不安定化や、
局所的な寒冷化も言われるようになりましたが、
北海道は特に冬の厳しさは昔以上になるのかもしれません。

昨年から予定していたアムールトラのペアが、
やっと無事にアメリカからやってきました。
どちらもすでに若いけれど、立派な成獣の年齢での来園でした。
新しい環境に慣れる柔軟性という点で、
時間がかかるかなとは思っていましたが、
やはり、特にメスが未だに落ち着きません。
寝室を安心できる場所と認識してもらわないと、
屋外放飼場に出すことができないのですが(寝室に入ってこなくなるため)、
長期戦になりそうです。
ペアリングもまだまだ目処が立ちません。

さて、メキシコからやってきた雌カバの愛称が決まりました。
仮称「カバ子」と呼んでいましたが、やっと「旭子」と呼べます。
アサ子?昔いなかったっけ?そう思った人も多いのではないでしょうか。
実は2頭いました。

漢字か、カタカナか、ひらがなか、厳密には定かではないのですが…。
アジアゾウのアサ子と、エゾヒグマのアサコです。
どちらも旭山動物園が開園した翌年の昭和43年から旭山で暮らし始め、
アサ子は平成9年に、アサコは平成11年に死亡しました。
2頭ともおばあちゃんだったのですが、アサ子はちょうど今頃の季節に
足の裏に小さなケガをしてそれがもとで起立不能となり死亡しました。
半年の闘病生活でした。

アサコは狭い「小獣舎」から現在の「もうじゅう館」に引っ越して、
運動量も増え見違えるほどたくましい体つきになったのですが、
ある日動けなくなりました。
大腿骨の骨折でした。
筋力に骨の強さが伴わなかったことが原因でした。

この2頭から教えられたことは数えきれません。
揺るがない存在としてのアサ子、アサコでした。

再整備の節目として完成したきりん舎かば館の、新たな命として来園したカバ。
このカバは百吉と共に、今の旭山の動物たちの誰よりも長生きをするでしょう。
他の動物たちの何代にもわたる営みを見続ける、
そして旭山動物園を見続ける存在になることでしょう。

旭山の旭子、改めてどうぞよろしくお願いします。
そんな気持ちにさせられました。
旭子の成長と共に旭山動物園も歩んでいきたいと思います。
いい名前をもらってよかったね、「旭子」!

2014年10月30日木曜日

カバのお嫁さんが室内プールデビュー (平成26年10月)

食べマルシェも終わりすっかり秋の気配です。
メタボ解消と戦いながら食欲の秋を迎えてしまいました。
食べマルシェでは3施設連携がきっかけで
武雄市からイノシシ丼のブースが出ていました。
なぜイノシシ?とふと興味がわきました。

武雄市では有害駆除したイノシシがゴミとして捨てられていたことに、
こんなことではいかんと、処理工場を建設し
どうしたらおいしくいただけるのかを研究したそうです。
死後30分以内の解体、3回の血抜き、熟成…。
大変な苦労でしたねと話してるうちに、実は北海道に何回も足を運び
エゾシカ協会を始め多くの方にお会いして勉強させてもらったのです。
愕然としました。
北海道に習い北海道を越えていた…。
行政が主体となり地元の味に育て、販路を開拓する。
その根底に命を粗末にしてはいけないとの理念。
う~ん、我々も頑張らないといけないとの思いを新たにしました。

さて、メキシコの動物園から来たカバのお嫁さん、
室内プールにも慣れ、旭山の一員になりました。
この号がでるころには可愛い名前をつけてもらっていることでしょう。
旭山に来園してからは寝室、寝室間の移動、
屋外放飼場と施設にも順調に慣れ、
いよいよ最後に室内放飼場そう室内プールデビューとなりました。
百吉の足を踏み外し芋虫がのたうち回るように
溺れ沈んでいく姿がどうしても頭をよぎります。
百吉は水底に着地した瞬間に何事もなかったかのように水面に向かい
見事なムーミンジャンプを決めました。
あの深いプールがカバ本来の能力を覚醒させたのだと我ながら感動しました。

でもふと百吉だからできたのかも…。
かば子(名前が決まっていないのでおい!と呼んでもしっくりこないので
暫定的にかば子と声かけをしています(^^;)」は
カバの中でも運動神経が鈍い方だったら、
かば子溺死!そんな見出しが頭をよぎります。
マイナス思考が先行してしまいます。
いざというときに救助できるよう潜水士の資格を持つ力持ち2名が
パンツ一丁で潜水道具、救助用のロープを用意し待機、
自分は海水パンツでシュノーケリングを用意し陣頭指揮。

いよいよかば子が室内プールに入りました。
ためらうことなく浅瀬から入水、水中を見回し、水中にダイブ!
それはまるでスローモーションのようです。
水底に着地し辺りを見回します。
息継ぎ忘れてないか?内心ドキドキです。
そして後ろ足で立ち上がるようにゆっくりとジャンプ。
水面に鼻を出し瞬時に息継ぎ、そして潜水。
なんと落ち着いた行動!またも取り越し苦労に終わりました。

今の心配は百吉の水中アクリルドームをかじる癖。
カバの前歯、犬歯は一生伸び続けるので
木などをかじるのは大好きなのですが、
何もアクリルドームでやらなくても…困ったもんです。

2014年9月30日火曜日

「ほたるのこみち」 の出発点 (平成26年9月)

お盆で帰省した方にもゆっくりとふるさとの動物園を
楽しんでもらおうと始めた夜の動物園、
最終日の15日、夜の部の一日の入園者数の記録を更新しました。
あの300万人時代よりも多くの方が訪れました。

ホタルの小道はさすがに行列が延びましたが、
園内にまんべんなくお客さんがいる状況で、
それぞれの施設を思い思いに見ていただけているのかなと感じました。
開園時間の急遽延長などバタバタしましたが嬉しい悲鳴でした。

そういえばホタルの小道のヘイケボタルですがどこから来てどうなるの?
と多くの方に聞かれます。
元々は夜の動物園が始まったころ、夜ならではのことをやろうと、
自分たちでホタルをほんの数匹採集してプラケースで見てもらおうと始めました。
実はヘイケボタルは身近なところにまだまだいると言うこと、農薬との関係…
お客さんと会話しながらガイドをしていました。
夜の動物園も多くの来園者が来るようになり、
数匹のホタルでは対応の限界を迎えました。
環境に負担をかけないように園内で繁殖させたホタルを見てもらうようにしようと
ホタルの繁殖に取り組みました。
ある程度繁殖は成功したのですが、幼虫の飼育温度環境が高くて
成虫のでる時期が6月から7月にかけてと
自然のリズムよりも早い時期になってしまいました。

本州にホタルの養殖業者があることは知っていたので
そこからの購入を検討しました。
自然のホタルを乱獲するのではなく、飼育下で何代にもわたり系代し
大量にホタルを発生させていました。
カブトムシの養殖業と同じです。
本州から購入してホタルを見てもらうことに決定しました。
ただし展示が終わったヘイケボタルは北海道のヘイケボタルと同じ種ですが、
発光パターン等が地域によって違うことが分かっているので
安易に北海道に持ち込んで自然に放してはいけません。

購入するホタルはほぼ全部雄で、
万が一にも周りに繁殖できる環境がない場所で展示することとしました。
購入しておおむね1週間ですべてのホタルの成虫の寿命は10日前後です。
夜の動物園が終わり数日ですべてのホタルが寿命を迎えます。

ホタルの小道では年配の方が昔はたくさんいたんだよ、
懐かしいねとの会話をよく耳にします。
小川、あぜ、田んぼ旭川の原風景は今でも健在なのに
なぜホタルはいなくなったんだろう?
そんなことをふと考えてもらえたらとの思いがホタルの小道の出発点でした。
今でも細々とヘイケボタルは生息しています。
昔のようにホタルと一緒に育ったお米を食べることができたら
どんなにすばらしいでしょう。
現代の技術の使い方を変えたら可能なのではないかと思ったりします。

旭川の夏の景色にホタルがいる、夢のある町になれそうです。