2006年10月28日土曜日

アライグマは悪い生き物? (平成18年10月)

今年の夏期開園ももうすぐ終わりですね。
今年もまた数字は記録ずくめでした。
9月の入園者数が昨年の魔の8月と一緒とは…。
中でも,施設としてではなく,個人で来園される車椅子の方が顕著に増加したこと,
今年度から介助犬を連れての入園を一部解禁したのですが,
たくさんの方が介助犬と共に来園されたことが僕には印象に残りました。
「坂がきついから」は,もう言い訳にはならないのかも知れませんね。

さて,話は変わってアライグマの話です。
ここ数年,「外来動物展」という特別展を資料展示館で行っています。
今年は旭川市でも初めてアライグマが捕獲されたこともあり,
アライグマを大きく取り上げながら外来動物の問題を広く知ってもらおうと,
さまざまな活動を行っています。
ただ,そこで「外来動物は悪い動物,イコールその種自体が悪い動物」
といったイメージを持ってしまいがちで,そうなると問題の本質が見えなくなります。

アライグマ自体はとても素晴らしい魅力のある生き物です。
鳥でも虫でも果実でも野菜でも何でも食べます。
手先が器用で,木にも登れる,沢のような浅い水中でも平気で入り,
水中の生き物も器用な手を使いつかまえて食べてしまいます。
このような多才な動物は日本にはいません。
もともと雑食動物は,生態系の中では草食動物,肉食動物の隙間を縫うようなポジションで,
ちょっと控えめに生活をしている種が多いのです。
本来の生息地,北アメリカでは大型のヤマネコやオオカミ,コヨーテといった
食物連鎖の頂点に立つ動物たちがいます。
アライグマは強いあごを持っていますが,北アメリカではたいしたことはありません。
アライグマは北アメリカの広大な自然環境のルールの中では
慎ましく他の生き物たちと共存し調和しているのです。

ところが,日本の自然環境のルールの中でアライグマが生活を始めたらどうなるでしょう?
キツネやタヌキでは彼らを追い出すことはできません。
北アメリカでは「つつましく」でしたが,日本では食物連鎖の頂点の肉食動物に化け,
さらに果実や野菜も食べ放題です。
誰も彼らに対抗する術を身につけてはいません。

日本の自然のルールの中ではアライグマはあまりにも多くの能力を持ちすぎ,異質です。
サッカーの試合にラグビーの選手をひとり入れたようなものです。
ラグビーの選手はひたすらラグビーをしているだけです。
でも,試合を成立させるためにはラグビーの選手を排除するしかありません。

日本ではアライグマをヒトの生活圏から一歩たりとも出してはいけなかったのです。
「かわいいから」と持ち込んだのは私たちなのだから私たちが解決しなければいけません。

2006年9月28日木曜日

「魅せる」理想と現実 (平成18年9月)

8月もチンパンジーの森のオープン,お盆期間の夜の動物園と
今シーズン最大の山場を超えました。
まさかここまでと思うほどの記録的な入園者を迎え入れました。
ただし,今年も想定以上の来園者数で迎え入れる体制が
後手後手に回った感は否めませんでした。
言い訳がましいですが,昨年の3割増のペースはさすがにいかがなものでしょう。
「もぐもぐタイム」などで来園者との接点になる僕たち飼育展示係は,
さまざまな理由からお客さんに頭ごなしに怒鳴られたり,叱られたりといったことが多くなりました。お客さんに「伝えよう」でここまできたのですが,その一番大切な気持ちが揺らぎそうになります。
例えば,ツアーバスで来園される方は時間に縛りがあります。
でもその時間内に観ることができると思って来園します。
ところがそうはいきません。
そこで,さまざまな不満が噴出します。
一般来園の車が多くなると,ツアーバスが乗降場所に着くまでにも時間を消費してしまいます。
今年もまた,さまざまな課題が浮き彫りになりました。
来園者数が増えればいいでかたづけられる問題ではありませんね。

さて,新居に引っ越したチンパンジーたちです。
引っ越してからすぐにあたかも昔からそこで生活していたかのように馴染んでしまいました。
たくさんの不安があったのですが,正直,拍子抜けするくらいでした。
そして,前は檻越しに覗くと,扉を叩いたり大きな声を張り上げたり,
水をかけてきたりと大騒ぎをしたのですが,それもすっかりしなくなりました。
こっちの存在は分かっているのですが,餌を食べたり,寝たり,遊んだりと
僕らを意識することなく生活をするようになりました。
チンパンジーたちが気に入ってくれたようなので,まずは合格点ですかね。

一方,お客さんはどう見ているでしょう?
ちんぱんじー館は,ペンギン,アザラシのように比較的短い滞在時間で
感動してもらえる施設ではありません。
個体同士の関わり合いや個性などをじっくりと観察して欲しいと願い,建築しました。
お客さんの意識の持ち方や期待の仕方で評価が大きく分かれているでしょう。
自分自身は,今まで彼らを真正面から間近に観ることができなかったので,
それができたことだけでもとても満足しているのですが…。

2006年8月28日月曜日

チンパンジー日記 1 (平成18年8月)

さて,皆様夏バテなどしてないでしょうか?
この号が届く頃にはチンパンジーの森は無事にオープンしているはずです。
というのも今はまだチンパンジーの引っ越しもしていないからです。
引っ越しまでの総点検が明日で明後日引っ越し予定です。
はたして気に入ってもらえるのでしょうか?
オープンまであっという間のようでとても長い日々が続きそうです。

チンパンジーと言えば僕には苦い思い出があります。
もう十数年も前のことなのですが,チンパンジーの飼育の代番をしていたときのことです。
当時,うちの群れのリーダーのキーボは調教していた時代のなごりの鎖の首輪をしていました。
担当者は群れの中に入れるのですが,首輪の鍵が錆び付いていて
取ることができなくなっていました。
お客さんに「鎖の首輪でかわいそう」とか「きっとどこかに繋ぐんだよ」とか言われることがあって
「どうにかしなきゃ」って話していました。
当時,僕は獣医としても自信がつきかけていたころで,吹き矢での麻酔も
我ながらうまくなっていました。
「麻酔してはずすしかないね」と話していたものの,キーボは麻酔をかけたことがなく,
なんとなく実行しきれないでいました。

何がきっかけだったか忘れたのですが,自分が代番の日に「首輪をはずそう」と思い,
ひとりで麻酔をかけようと実行しました。
キーボだけを放飼場に出さずに麻酔をかけようと吹き矢を撃ちました。
一発目はキョトンとした顔をして見ていたのですが,弾が当たった瞬間に顔つきが変わりました。
最初は恐れの表情で次に怒りの表情に豹変しました。
穏やかな状態であれば麻酔がかかる薬量でしたが,全く効く気配がありません。
ここでやめるわけにはいきませんので,2発目,3発目と撃ちました。
キーボは完全に切れた状態で,すざましい形相で僕に向かって
檻越しにアタックをかけてきました。
檻が壊れるのではないかと思うほどの暴れようでした。
結局,致死量に近い麻酔薬を撃ったのですが麻酔は失敗に終わりました。
チンパンジーは時に狩りをする肉食動物としての一面があります。
あのときのキーボの形相はまさに肉食獣のものでした。
今でも忘れられません。
次の日から僕はチンパンジーを全く制御できなくなり,
飼育係としては悔しさを通り越したことなのですが,
代番を降ろしてもらったという苦い経験があります。
結局,別の麻酔法で首輪を取ることはできましたが,
キーボは十数年経った今でも僕には気を許してはくれません。 

キーボも初老を迎え,もうすぐ38才になります。
あのころに比べると二回りくらい小さくなったように思えます。
決して広いとは言えない建物でしたが
30年間を過ごした我が家を後にして新居に順応できるでしょうか?
気に入ってくれるでしょうか?

追伸
キーボを始めチンパンジーは7月19日,20日に新居に引越をしました。
新居での生活への適応は驚くほど順調で,拍子抜けするほどです。
まるでずっと前から居たようです。
キーボは僕の手から食べ物を受け取りました。
僕に対して威嚇することもなく僕に挨拶までしてきます。
新居に引っ越して,まるで「昔のことは水に流したよ」とでも言っているようでした。
8月5日,チンパンジーの森は無事にオープンできました。
新築の家なので,まだまだしっくりときませんが,
時間をかけてチンパンジーにも来園者にも快適な家にしていきたいなと考えています。