2005年12月28日水曜日

共に生きる (平成17年12月)

カピバラが無事に出産しました。
仔は3頭で順調に育っています。
冬期開園中は皆さんに観ていただけなくて残念ですが…
そう言えば前はカピバラ沢山いたのにどうしたの?とよく聞かれました。
くもかぴ館オープン前に全てほかの園に貰われていったのです。

年に2回も,しかも多産なので
生まれるのはうれしいのですが後のことを考えると…
となる場合が多くて
繁殖制限をしなければいけなくなることがあるのです。
このような動物を業界用語で「余剰動物」と言います。
でも今は「旭山生まれ」はモテモテです。
器量よしです。

先日,九州で動物園・水族館の関係者が集まって
「種保存委員会」が開かれました。
いわゆる希少種を含めた飼育動物の血統管理や
飼育下個体群の維持について,
国内希少動物の飼育下での繁殖や
野生復帰についてなど真剣な討議がなされました。
特に私が担当している猛禽類については国内希少種が多く,
環境省とも真剣な協議が行われました。

どの種でもそうなのですが,
我々は「野生動物」としてどのように保護に関わり,
来園者に普及啓発ができるのかを考えています。
先日,コウノトリの野生復帰が行われて
大きな話題と期待を集めました。
一度絶滅させてしまった動物を復活させるための
地域住民の血のにじむような努力は
並大抵の物ではなかったと思います。
人間が自分たちの快適さや
利益を追求した結果絶滅させたのですから,
彼らと新たに共存をはじめようとすることは,
今まで私たちが手に入れてきた物をコウノトリに譲り,
彼らのための環境を整えることを意味します。
一度手に入れた物を自らの意思で失うことは大変なことです。
この歴史的な一歩に敬意を表したいと思います。

一方で野生動物や国際的に厳重に保護されている希少種を
ペットのように扱うテレビ番組が支持を受けています。
アザラシが現れると住民登録です。
ありのままの彼らではなく,かわいらしさなどの
我々にとって都合のいいところだけを見たり紹介したりしています。

今,ツシマヤマネコをどのように保護していけるのかを
関係機関が知恵や汗を絞り模索しています。
「人間のルールに引き込んで」でいいのなら
ペットとして「一家に一匹ツシマヤマネコ」で種は保存されるでしょう。
もし生長して手に負えなくなったら
専門の飼育施設にでも引き取って貰えばいいのです。

我々はくどいですが「野生動物」としてのツシマヤマネコを
守っていかなければいけないと信じています。
そこには莫大な経済的な負担や不便が生じます。
その動物が棲む地域だけの問題ではなく,
日本社会として「守ろう!」と
協力していかなければ守れないところまで来ています。

豊かな国「日本」何が豊かになったのでしょう?
もしかしたら代償として失いつつあるものの方が
かけがえのない物かもしれません。

2005年11月28日月曜日

伝えることの難しさ (平成17年11月)

あっという間の夏期開園が終わりました。
慣れとは恐ろしい物で,
いつの間にか土曜日曜に来園者が1万人くらいだと
「今日はすいてるね」となっていました。
今年の夏の思い出はお盆期間中のアザラシ前時計塔下での,
行列対応特別班を編制しての仕事でした。
特命を帯びた我々5名はすぐに真っ赤に日焼けし五日目には熱中症で倒れかけ,
お客さんより自分らが救急車のお世話になりかけながら頑張りました。
行列ができてから対応したのでは来園者の不満は爆発します。
そうなる前に迅速に対応することがいかに大切なことかを身をもって学びました。
夏の一番の思い出がこれとはちょっとむなしい気もしないでもないのですが…。

さらに風太君での発言,クモザルの死での様々な反応,
特に僕としてはとても本意とはかけ離れたところでの批判。
「日本一になったからって…」「日本一になるために何でもしていいのか…」
とても残念で悲しかったです。

死を伝える「喪中看板」。
生きるということは必ず死の上に成り立っています。
命が延々と繋がっている陰には死があり,そして今があると思います。
動物園ではあまり表には出ない「死」を隠さずに伝えることで
来園者の心に何かを伝えられるのではないか,
自分にとって都合のよいところだけをつまみ食いするように見るのではなく,
ふと命を感じてもらえればとの思いからはじめました。

「ここの動物園やたら動物が死んでるんだね」
「無理させてるんじゃないの,可哀想」そんな声も聞こえてきます。
僕らの手法の未熟さもあるのでしょうが先を急ぎすぎているのでしょうか?
海路図のない大海原に迷い込んだ気分になることがあります。

今年は来園者が増えたことを喜ぶより,何か晴れない気分で夏期開園が終わりました。
そんな中,僕たちが楽しみにしていることがあります。
カピバラのお腹が大きくなり乳首が目立ってきてもうすぐ出産しそうなのです。
メスはあまり体調がよくなく心配なのですが,
イヤなことを全て癒してくれそうなあの「子カピバラ」,
怒られるかもしれませんが今回は皆さんのためと言うより
僕たちのために元気に生まれてきて欲しいです。

2005年10月28日金曜日

冬期開園に向けて (平成17年10月)

気がつけばもう秋の気配です。
クモザル,カピバラもずいぶんと新居に慣れてきました。
特にクモザルはワイヤーやロープを頻繁に利用するようになり
一番の特徴である尾を使っての魅力的なポーズや行動が目立つようになってきました。
また一頭だったオスが死亡したので,新たなオスの導入の検討も始めました。
今でも思い出すとズキンとするのですが,
あの事故現場に居合わせた来園者の方には我々が駆けつけた後,
状況説明等をしっかりとするべきだったと反省をしております。
申し訳ありませんでした。

さて,今年の冬季開園ですがいろいろ大変なことになりそうです。
正面の券売所の建て替えだけではなく年末くらいから東門の移転工事,
「ちんぱんじー館」の着工と工事だらけになりそうです。
その影響で現東門からの入園はできなくなり,くもざる館室内は見てもらえなくなりそうです。

ペンギンの散歩は開園時間延長に伴い2回にするのですがコースは変更になります。
来園者も増加しそうなのでちょっと心配です。
いつも来園者の増加に対して対応が後手後手に回り,
「トイレが少ない!食べるところがない!入園がスムーズに出来ない!
動物舎ばかり整備して!」等苦情が耐えませんでした。
いつかどこかで追いつき追い越さないといけなかったのでこれでいいのかもしれません。
来年度のオープンからはお客様を迎え入れる部分では大幅に改善されると思います。

でも,門構えがあまりに立派になりすぎて観光施設のイメージが強くなるのは心配です。
動物園本来の基盤は地元のはずだし,観光がメインではないはずだと思うからです。

今回は動物ネタはなく終わりになっちゃいましたが,
サイパルも頑張っているのでこちらもさらにパワーアップしなければと思っています。

2005年8月30日火曜日

くもかぴ館での悲しい事故

8月29日午後カピバラのオスがクモザルのオス(愛称シャボ)と水中で闘争となり,
シャボを助けようとプールに入ったクモザルのメスが
放飼場の外に出る(目撃していた来園者の話)という事故が起こりました。
駆けつけた職員によりシャボは救出されましたが
腹壁が破られ腸管が一部体外に脱出するなどの重傷を負い,
懸命の治療を行いましたが,死亡しました。
カピバラのオス,クモザルのメスには治療が必要なほどの怪我はありませんでした。

カピバラなどの齧歯類やウサギの仲間はとても鋭い前歯(門歯)を持っています。
草食動物ですから獲物を襲い仕留めるために噛みつくことはないのですが,
身の危険を感じたり,不快な感覚を抱き相手を排除したい時,
同種間での闘争時など噛みつくことがあります。
カピバラは世界最大のネズミの仲間ですから私たちの骨でもかみ砕くほどの力を秘めています。

くもざる・かぴばら館ですが,クモザルの聖域が人工的な樹上空間,
カピバラの聖域が水中,接点として地上部分を想定し,
どちらかが不愉快に感じても,
それぞれに絶対的に有利で安全な場所を確保できているはずです。
体力的には圧倒的にカピバラが有利なのですが
クモザルは俊敏さで有利です。
お互いの安全な場所が確保されているので,共存は可能です。

オープンしてからクモザルの気になる行動が見られました。
ロープにぶら下がりカピバラにちょっかいを出す。
想定していた以上に地上でくつろぐ時間が長い。
それでも当初はクモザルとカピバラが目と鼻の先で昼寝をする光景が見られていました。
ところが特にシャボがカピバラに与えている牧草を頻繁に横取りするようになりました。
下手をするとカピバラが口にくわえてまさに食べようとしている草まで
奪い取るようになってきました。
クモザルにとってはそれは食べると言うよりは遊びに近い行動でした。

カピバラにとっては食べ物を奪われることは許し難い行為です。
事故の一週間ほど前にシャボが腕をカピバラ(オス)に咬まれました。
それ以来,シャボはカピバラに一目置くようになり極度の接近をしなくなりました。
しかし,一点シャボの気になる行動がありました。
頻繁に水に入るのです。
落ち葉や残念なことに来園者が投げ入れて水面に浮いているお菓子などをとりに
二本足で立ち腰くらいまで入っていくのです。

水中はカピバラの聖域でありクモザルの俊敏さという優位性はなくなります。
クモザルの他の個体は水を怖がるため,
いざというときには樹上に上れるポジションを取ります。
シャボは水を怖がらないため
カピバラとプールにはさまれるようなポジションもわりと平気でした。
咬まれてこりたこと,日中にクモザルに給餌をして牧草への興味を少なくするなどの対策をして,
共同生活も軌道に乗り始めたと判断していた矢先の事故でした。
おそらく,何らかの形で食べ物が関わっていると考えられるのですが,
確かな原因かは分かりません。
シャボがカピバラの力量を見誤ったことと我々の見通しが甘かったことは確かです。

翌日から給餌方法などを見直し同居は継続しています。
両種とも肉食動物ではありません。
元来争いを好むことはありません。
今回のことは通常では考えられない出会い頭の事故の要素が強く,
お互いがパニック状態となり死にまで至ってしまったと判断しています。
決して命を軽んじて実験的な意図でくもざる・かぴばら館を建築したわけではありません。
飼育下では単調になりがちな時間の流れを異種動物を同居させることで
お互いの種にとって適度なプラスの刺激となりより豊かな時間を過ごせると考えています。

今後も異種動物の混合展示に取り組んでいきたいと考えています。
野生下では何十種類もの動物が共存しています。
食べる側,食べられる側すべてがです。
飼育下では一種類毎に飼育するのが一般的ですが,
より深く動物たちを理解するには混合展示は大切な要素だと考えています。

2005年8月29日月曜日

「かわいい」分類 (平成17年8月)

これから夏本番ですね。
8月オープンのくもざる・かぴばら館の建築,
来年に向けてのチンパンジーの森の設計の大詰めを迎えています。

さて,皆さんは動物園であるいはテレビで動物たちをどんな視点で見ているのでしょうか?
動物たちのどんなところに興味があったり感情が動いたりするのでしょうか?
僕は動物番組や新聞などを見ていて
動物の分類には「かわいらしさ」を基準にした分類基準があるような気がしています。
僕の中では動物の命には生物学的なたとえば食肉目といった分類ではなく
別の分類基準があります。
それはヒトが長い年月をかけて作り出した「ペット・家畜種」と「野生種」という分類です。

僕たちヒトはヒトの都合だけでルールや価値基準を決めて,
その基準に合わない物は排除して生活圏を広げてきました。
動物に対しても同じです。
自分たちにとって都合のいい動物を作り出してきました。
ですから動物を見る時に「かわいい」や「擬人的な表情や姿」はとても魅力的です。
私たちは動物を見る時にペット種も野生種もこの価値基準で見ているような気がします。

野生動物にはそれぞれの環境の中でのルールや価値基準があります。
食べる側,食べられる側が共存しているのです。
凄いことです。
ヒトとは全く異なるルールで生きているのですから
野生の動物はある意味私たちヒトと「対等な命」といえると思います。
フクロウを見て「かわいい」でも野鳥にとっては「恐ろしい・危険」,
傷ついた野鳥のヒナを見つけて「かわいそう・助けてあげたい」
でもタカにとっては「その日を生きるための大切な食料」です。
「かわいらしさ」から野生動物の本質は見えてきません。

アライグマは「かわいい」分類でヒトのルールに持ち込んで,
でも「かわいくなかった」から野山に捨てられて外来種として問題になっています。
キタキツネは「かわいい」から餌付けをしてヒトの生活圏に招いておいて,
エキノコックス症の原因であるのが分かってからは,
それまでとはうってかわってヒトの生活圏から執拗に駆除しています。
野生動物との共存は「かわいい」分類からは見えてきません。

「動物を愛する」方法は「かわいがる」だけではありません。
彼らのことをよく知る,干渉をしない,そっと見守るといった愛し方もあるはずです。
ヒトが作り出したペット種の「かわいい」分類の延長線上に
「野生種」は存在していないのです。

2005年7月29日金曜日

名前 (平成17年7月)

今年も6月だというのに暑い日が続いています。
くもざる・かぴばら館の工事も急ピッチで進んでいます。
いつものことですがこの時期になると外周柵との距離がちょっと近すぎたのかなと
イヤな妄想が頭の中に住み着きます。
他の園の情報でクモザルの秘められた運動能力を聞くとますますです。
やはり尾を第5の足として器用に使うのでとんでもない動きができるようです。
無事にオープンできるように皆さんも一緒に祈っていて下さい。
さらにチンパンジー館の設計も着々と進んでいます。

さて,お客さんからよく「ペンギンはよく馴れてるんですね,
名前はあるんですか」と聞かれます。
ペンギンはペットのように馴れているわけではありません。
人間でも捕まえられるくらいヨチヨチしているのはなぜか?
そう,陸上に天敵がいない環境で進化した結果なのです。
ですから陸上での警戒心がとても弱いのです。
さらに彼らに攻撃されてもこちらが重大な怪我をすることがないから
一緒の空間に入ることができるのです。
冬期間の散歩ができるのもこのためです。
レッサーパンダも警戒心のなさでは同じようなところがありますね。
決して馴れているのではないのです。

次に名前ですが「個体識別」のために各個体に番号があります。
また,一部には愛称を付けていたりします。
霊長類の研究は日本が世界のトップクラスの水準にあります。
欧米の研究者がチンパンジーとして群れとして研究していた頃,
日本人の研究者は徹底的に個体識別をして,
つまり愛称を付けて研究を始めました。

個体が見えてくることで飛躍的に社会性や個体同士のコミュニケーションの方法,
個性などが分かるようになってきました。
旭山動物園でも展示動物と来園者の「距離」を近づけられたらと
できるだけ愛称を付けるようにしています。
「ホッキョクグマ」として漠然と見るよりも
「ホッキョクグマのイワン」として見ると不思議なくらいいろんなことが見えてきます。

ペンギンのように一緒の空間で飼育ができて,
馴れているような誤解を生みそうな場合は名前を付けないように,
呼ばないようにしています。
どうしてもペットと同じ擬人化した愛称の様な誤解を生むからです。

動物園の飼育動物は大半が野生種の動物たちです。
命に対する価値観や物の見え方,生き方など僕たちヒトとは全く異質です。
それぞれがヒトと対等な生き物で,
イヌやネコなどのペットの延長線上にいる生き物ではないのです。

僕たちが動物に愛称や名前を付ける理由や基準が分かってもらえたらと思いました。

2005年6月7日火曜日

行き過ぎた表現をお詫びします

たくさんのご意見を頂きありがとうございました。
市役所の方に質問などのメールを頂きましたので,
やはり公式な場で回答をさせて頂きたいと思います。

はじめに,これまでの文章が感情に走ってしまったことなど,
動物園の公式コメントとして到らない点があったことを心からお詫びいたします。
また,プロと素人の表現は,
たとえば物を販売する側(プロ)と購入する側(素人)といった意味で,
来園者を見下す意図は全くありませんでした。
情報を提供する側,発信する側に対してのお願いのつもりでした。
不愉快に感じられた方にお詫びいたします。

最初の文章を書いたのは,次々と「立つ」レッサーパンダが現れ,
何秒立った,次は歩いた,立ち姿がどうとエスカレートし,
明らかに立つことは危険と思われる種までもが「立った」とメディア紹介されていた時でした。
それらは,自然な行動の中で立つのとは,明らかに異質な「立つ」であり,
立ち姿だけを切り取って報道されていることに違和感を感じましたので,
「見せ物」という表現をしてしまったのです。

「所詮見せ物の動物園が『見せ物』とは何事だ」,
「旭山だってエサで釣って動物に『芸』をさせているではないか」とのご意見も頂きました。
動物園は動物を展示しています。
遊園地や物を売るのであればマイナーチェンジやモデルチェンジをして
目先を変えたり時代に合わせることができます。
でも動物は変えられません。
では,動物園の動物が普遍的に愛され続けるにはどうすればいいのでしょうか?

私たちは,動物たちのありのままを,生き生きとした姿を伝えよう,
そのためにはそれぞれの種が持っている行動を発現させて,
能力を十分に発揮させてあげようと考えました。
気持ちよさそうにしている動物を見て
「つまらなく」と思う人はいないのではないかと思ったからです。

過去の動物園は,野生での当たり前の行動をほとんど発揮させることができず,
生きている姿・形だけを見せていたのではないでしょうか。
うちのオランウータンの空中散歩,彼らは気が向いた時に行ったり来たりしています。
オランウータンの体のつくりの必然性,生活ぶりが一番よく伝わる行動です。
でも,高所を腕渡りしている場面を目撃できる機会はそう多くはありません。
来園者の滞在時間は2~3時間が平均です。
その時間の中でもこの腕渡りを見てもらえないかと考え「もぐもぐタイム」を企画しました。
生きる基本である食べ物を得るために,
オランウータンが,種として獲得した行動をたくさんの方に伝えたいと思ったからです。
ホッキョクグマもしかりです。
ただ,来園者の中には「オランウータンの空中ショーは何時から?」とか
「解説はいいから早くやれ」との声も聞かれます。
さらにはオランウータンにさせているわけではないので渡らない時もあります。
そうなると「『渡らないですね』とは何事だ!」とクレームをつけてくる人もいます。
ですから,旭山動物園のもぐもぐタイムは
「これはショーや芸ではありません…」と言ってから始まります。
ただ,うちの動物園も「切り取って」紹介されていることがあるのも事実です。
私たちの伝え方の未熟さも加わって,
たくさんの誤解を生んでいることは反省しなければいけないと感じています。

さて,家で飼っているネコがソファーで寝ているのを見て気持ちが和むのに,
多くの人は,動物園でライオンが寝ていると,なぜ「つまらない」と思うのでしょう?
ライオンはもう見飽きたからなのでしょうか?
飼っているネコを見飽きることはないと思います。
それはきっと成長の過程を見続けていて,命として感じているからではないでしょうか。
動物園の動物も命を持っています。
命として伝えられれば,命が流行ったり飽きられたりするはずはないと思います。
私たちは,いいところだけをつまみ食いするのではなく,
においや気配など全てをありのままに伝えていきたいと考えています。

芝刈りをしている時,驚くほどたくさんの種類の虫やカエルが出てくると,
“どこか少し,刈り残しておこう”と思う人がいます。
アリの巣がたくさん見つかると,“
ひとつくらいは駆除せずに残しておいてあげよう”と思う人がいます。
私たちは,来園された方々の心にそんな気持ちが芽生えたり,育ってくれることを願っています。
それが私たちが目指す動物園ですので,
これからも試行錯誤を続けて少しでも理想に近づいていきたいと思います。
環境保護,野生動物の保護,地球温暖化問題,
それらは,頭の中の理解からはどこか他人事で,
一人一人の行動には結びつきにくいと思います。
問題解決に向けて心が動くこと,
何事もここから始まるのではないでしょうか。
現実には,自然を破壊することも守ることも,
そこに価値があるのかないのかさえ人間が決めてしまっています。
そこにどんなすばらしい命が存在していて,
それらがとても尊く愛おしいものであるかをどこかで伝え続けなければならないと思います。
それが動物園の大きな役割なのだと信じています。
動物園は「見せ物」ではないはずです。

最後になりましたが,動物園の関係者,特に飼育に携わっている方々に
配慮を欠いたコメントとなったことを心からお詫びいたします。
他人事とは思えずに書いてしまいました。
皆さんの動物に対する思いを踏みにじる気はありませんでした。

これで私の意見は終わりにします。
たくさんのご意見を頂きました。
ありがとうございました。
心から感謝致します。

2005年5月31日火曜日

「動物園」に対する思い

昔,旭山動物園はコンクリートと鉄柵に囲まれた狭い檻で動物を展示していました。

昭和42年にできた施設でそのころは動物の姿・形が見られるだけで価値のあった時代です。
しかし平成になっても施設はそのままでした。

本州の大きな動物園は生息環境を再現した生態的な展示が登場し,
コアラ,ラッコなどのブームが起きていました。
こんな日本最北の地方都市の動物園でも,「コアラいないの?」,
アザラシを見て「ただのアザラシだ,ラッコいないんだ」,
「ここじゃ無理だよね」と来園者が口をそろえるかのように言っていました。

でも,僕たちはアザラシの素晴らしさを知っていました。
「ラッコがなんだ!」アザラシの凄さ,素晴らしさを伝えられないことが悔しくてたまりませんでした。

エキノコックス症というキタキツネを終宿主とする寄生虫病が
大きな社会問題となっていた平成6年,
うちで飼育していたゴリラとワオキツネザルがエキノコックス症で死亡し,
閉園処置を取りました。

北海道のマスコットとして餌付けをして人間の生活圏に招き入れていたキタキツネ。
人間社会の態度は一変しました。
「キツネが毎日家の前をうろついている,どうにかしてくれ」
「キツネなんか全部駆除してしまえ」…。
野生動物と共存することは「かわいい」からとペット化することではないんだ。
相手を尊重して干渉しないこと,これが基本なんだと改めて痛感しました。

そのころ,ライオンやサルの赤ちゃんを
「かわいい」「受けるから」「喜ばれるから」と
来園者に触らせることを行っている動物園が多くあり
ペット種と同じ場所で野生種を展示していました。
これでいいのだろうか?引っかかっていました。

動物園界全体では入園者減少の流れは続いています。
もう,コアラやラッコ,オカピ級のスターがいないからです。
動物園側が動物の価値に差を付けて「見においで」ができなくなったからです。
見せる側が来園者の顔色をうかがいながら同じことを繰り返してきた結果だと思います。

伝える側の主張,意思はどこにあるのでしょう?

ライオンだって凄いんだ!
飼育の人間ならば誰もが肌で感じているはずです。
僕たちはここからスタートしました。

動物たちのありのままを「魅て」もらおう。
命として伝えよう,感じてもらおう。
動物たちの能力や行動,習性を引き出してあげよう。
生き生きとした彼らの姿に触れた時きっと感動があるはずだ。
命が飽きられるはずがないんだ!
その方法は決して都合のいいとこだけのつまみ食いではなく,
ペット化することでもない。
そうだペンギンにはプールではなく海をつくってあげよう!…

僕たちは動物たちの凄さに敬意を持って,
来園者に展示し魅てもらいたいと努力をしているつもりです。
動物園は「見せ物」ではないと信じています。

来園された方に動物の「何」を見てもらいたいのか。
何を感じてもらいたいのか。
それが動物園の展示なのではないでしょうか?

2005年5月27日金曜日

レッサーパンダを『見せ物』にしないでね

最近レッサーパンダの見るに耐えないニュースが氾濫しています。

どこのレッサーが何秒立った!
レッサー様々入園者が増えた!
名前を登録商標!
昔のエリマキトカゲのブームを思い出してしまいました。
いや,エリマキトカゲの方がまだましだったかもしれません。
あれは良くも悪くも野生下でも見られる特徴的な行動だったから。

野生のレッサーパンダが普遍的に何十秒も直立する,
あるいは立って歩く習性があって,
これまで飼育下では
その行動を引き出してあげられていなかったのであれば「凄い!」ことです。

しかし,よく考えてみて下さい。
そうではないですよね。
あの取り上げかたは「芸」です。
「見せ物」です。
というかレッサーパンダは解剖学的にも2本足で立つことは当たり前にできます。
むしろ立つことができない個体がいるとしたらその方が問題です。
「芸」以下ですね。

レッサーパンダは外を覗きたい,エサをもらえるかもと立ち上がっているだけで,
その行為だけを抜き取って「凄いこと」として取り上げています。
「ここのレッサーパンダ立たないんだって。
つまんない」これがレッサーパンダブームが招いたレッサーパンダの見方です。

このような言い方は失礼かもしれませんが,一般の方やマスコミの方は素人です。
私たちプロの側が,素人に短絡的に「受けること」を続けていていいのでしょうか?
来年の今日,どれくらいの人がこのブームを覚えているでしょうか?

レッサーパンダを「見せ物」にしないで下さい。
関係者の方お願いします。

2005年5月7日土曜日

くもざる・かぴばら館 (平成17年5月)

さて,いよいよ夏期開園が迫ってきました。
雪解けが例年になく遅く参っています。
しかも雪が溶けると吸い殻などのゴミがたくさん出てきます。
冬期開園の入園者がいかに多かったかを
そしてマナーが悪くなってきたかを物語っている気がします。

昨年度は大阪,神戸,横浜の巨大動物園の入園者を抜いて動物園3位になってしまいました。
今年度はいくら何でも頭打ちになるのか,まだまだいくのか全く予測がつきません。
希望としては昨年度よりちょっと多いくらいがいろんな意味でいいような気がするのですが…

今はみんなが夏期開園に向けて秘策を練っているところです。
何をしようとしているのか探りを入れているのですが全貌は見えません。
楽しみです。

少し先の話になりますが今年は「くもざる・かぴばら館」を建てます。
昔のホッキョクグマ舎を改造して作ります。

何でクモザルかですって?
まずはうちで飼育している動物でまだ驚くような能力を発揮できないでいる動物だから。
何でカピバラかですって?
旧ほっきょくぐま館にはプールがあるから,そしてこの2種は生息域が重なっているからです。

最初は檻を生かしてと考えはじめたのですが,
どうもその方がお金がかかるようなので鉄檻を壊してオープンな空間にしようと考えました。
そこに偽木を建てて…でもなんかピンと来ませんでした。
あまりにも当たり前なのです。

奇をてらうつもりはないのですが,空間としての利用度が低いというか楽しそうじゃないのです。
あの尻尾のマジシャンみたいなクモザルはきっと満足しないような気がしました。
てなわけでふと思い浮かぶ景色がありました。
太陽の光を求めて高く伸びた木々,その樹冠部は枝が張り葉で覆われています。
でも,その下の空間は以外にも枝などの障害物のないすっきりとした空間が開けています。
なんか「これだ」とひらめきました。
これはチンパンジーにも応用できそうだウシシ

サルというとみんな木の上のイメージがありますが,
その生活の仕方や,移動の仕方,転落防止策は様々です。
その違いが分かるような,
というかそれぞれの能力を発揮できるような施設を創ればいいんですよね!

そうそうカピバラのこともちゃんと考えていますよ,心配しないで下さいね。
派手さはないですがしっかり旭山流にしてみせます。
ここまで来たら走り続けるしかないですから!

2005年4月29日金曜日

うれしいことと残念なこと (平成17年4月)

3月16日あざらし館で初の赤ちゃんが誕生しました。
母親のガルは3年連続で繁殖成功です。

でも去年までは出産,子育てにはとても神経質でした。
放飼場の隅っこで出産しこどもをガードするように横たわり,
僕たちや他のアザラシが近づくと威嚇してきました。
ガルが子を残してプールに入ることなんてありませんでした。
ガルに限らず今まではずっとそうでした。

ところが今回は違いました。
僕たちがこどものすぐそばに行っても,
こどもが「ンガァー」と鳴かない限り威嚇してきません。
それどころか授乳が終わるとガルはプールに入ってリラックスしています。
さらになんとこどもがよく泳ぐのです。

生まれた次の日には数㍍も潜ってしまいました。
上から見ていて「溺れた!」と焦ってしまいました。
臍の緒をひらひらとなびかせながら上手に泳ぐのです。
寄り添うようにガルが見守っています。
こどもが疲れるとガルが促すように上陸します。

野生のアザラシの赤ちゃんは流氷から流氷へと泳いで渡ると聞いていたのですが,
それは例外的なことなんだとうちのアザラシを見ていて思っていました。
でも,本当は違ったんですね。
安心できて,のびのびできる環境があるとこんなにも変わるのかと,
あざらし館をつくってよかったなぁと感じました。

さて,正直イヤな話です。
今年度,野鳥など傷ついた野生動物の保護は上川支庁が行うこととなり
旭山動物園では傷ついた野生動物の保護は行えなくなりました。

平成9年,傷病野生鳥獣に対して責任的な立場にある「道」から,
傷病鳥獣保護ネットワークを構築するから,
委託契約を結んでくれないかとの依頼がありました。

以前から保護活動はボランティアで行っていましたが,
旭山動物園は本来の責任官庁である「道」がしっかりとした方針の下,
主体となり行うべきことであると主張してきました。
契約内容は非常に未熟でしたが,
「今後問題点を改善しながらよりよい内容にしていこう」ということで契約に踏み切りました。

本来はそれぞれが役割を分担してよりよい内容になっていくはずでしたが,
結果としては動物園の負担だけがどんどん重くなっていきました。
問題点は増えていったのですが何年経っても改善されません。

こちらの主張は受け入れられず,
一方的に「今年度も今までどおりの内容で委託契約をするか」と言われ
「受け入れられない」との回答に到りました。
我慢にも限界があります。
従って旭山動物園はネットワークからはずれてしまったので
傷病野生鳥獣の保護を行うことができなくなってしまいました。
傷ついた野生動物を保護したら上川支庁に連絡をして下さい。
とても残念です…
アザラシ

画:ゲンちゃん

2005年3月29日火曜日

ハッピーの右往左往 (平成17年3月)

オランウータンのモモがハンモックで遊ぶようになりました。
リアンとモモが下の方,ジャックが上の高いところでくつろいでいてなかなか絵になります。
それにしてもモモは見ていて飽きません。
ジャックがこんなに表情が豊かだったことに気がつきました。
また,リアンはモモから片時も目が離せないのですが,
ジャックは手持ちぶさたで,そのことも破壊行動に走る原因なのかなと感じています。

さて,手持ちぶさたとはちょっと意味が違うのですが
ホッキョクグマのハッピーはアザラシ目線のカプセルのある方で
コユキと一緒にいる個体ですが,
金網越しの場所で同じ所を行ったり来たりしています。
踏み出す足まで同じなので雪が足跡のとおりに溶けていています。
いわゆる「常同行動」です。
何らかの精神的なことが原因で発現する行動です。
動物園を批判する方はこの常同行動の発現を批判の根拠にすることが多いのです。

クマの仲間は野生でも同じ行動パターンに固執することが多いようです。
旭川近郊でヒグマが毎日出没したことがあってそのクマを観察すると
あるエリアから別のエリアに移動する際に通る獣道があって
その途中にある倒木を乗り越える際に
毎日必ず右足なら右足から乗り越えたそうです。

クマの仲間は飼育していると個体によらず共通の行動パターンがあります。
放飼場と寝室を仕切るシュートを開け寝室に収容する時,
上半身だけを中にいれ,後ろ足を放飼場に残して入るか入らないか迷います。
後ろ足を残すことでシュートを閉めさせないようにするためです。
そして入って餌を食べたいけど,どうしようかと迷ってイライラが高まると前足で床を叩きます。
この迷う決断力のなさも共通です。
何かに興味を示して行こうか行かないか迷います。
前足を一歩踏み出して戻ってを繰り返します。
これが高じると右往左往になってきます。
面としての空間があっても線として利用するのも共通しています。
旭山動物園ではこのような性質を理解した上で
常同行動の発現を押さえるように努力をしていて,
ハッピーを除くと成果はあがっていると考えています。

ハッピーは明らかに他の個体より神経質です。
また,生まれ育った昔のホッキョクグマ舎は狭い場所でした。
最初に引っ越してイワンのいる大プールのある放飼場で
プールには入れるようになるまで半年近くかかりました。
そして水際で右往左往でした。
空間の広さ,プールの深さ全てが体に染みついた生活空間より広すぎたのです。

今の放飼場に移ってまだ4ヶ月あまり。
ハッピーにとって今の空間に慣れるまでまだまだ時間が掛かりそうです。 
ホッキョクグマ

画:ゲンちゃん

2005年2月27日日曜日

オランウータンとの知恵比べ(平成17年2月)

さてペンギンの散歩もすっかり定着した感があるのですが、
16もみんなと一緒に歩くようになりました。
今年はなんと気が向いたことか、茶色のヒナまで一緒に散歩しています。
ヒナは留守番をするのが習性なハズなのですが…説明に困ってしまいます。

「おらんうーたん館」もどうにか無事にオープンしました。
無事にというのは、建物の構造上オランウータンが興味を持ちそうだけど、
そこに興味を持たれて壊されては困るという箇所があったからです。
オスのジャックはたとえるなら「握力400㎏の幼稚園児!」みたいに好奇心が強く、
しかも破壊が大好きです。
さらに執念深さは・・・なみです。
設計の段階から知恵比べだったのですが、
具体的にはコンクリートパネルの継ぎ目に興味を持ち破壊されること、
天井のパネルを押さえているビスをとられること、
下に降りられること等々でした。
先の二つは脱走につながり、最後のは「地面のない展示」に関わります。
もしも…その情景を思い浮かべただけで卒倒してしまいそうです。
継ぎ目に関してはできるだけ継ぎ目の幅が狭くなるように、
天井のビスについてはナットを締めるとねじ山が壊れるロックナットを使い、下
に降りられたらには、コンクリートの縁に傾斜をつけ手がかからないようにしました。


はじめてオランウータンを放飼場に出した日。
メスのリアンが、僕らの見落とした「道具」を見つけて
パネルの継ぎ目をテコの要領でほじり始めました。
また、ジャックが、天井のビスをいじり始めました。
ビスははずれないのですが…、ジャックが下に降りてしまいました。
見事にこちらが気にしている箇所を、致命的ではないにしろ真っ先にやられてしまい、
僕の知恵はジャックを超えられなかったのか?
また、僕が気づいていない彼らが破壊したくなる場所があるかもしれない、
そんな思いが頭を渦巻きました。
まぁ、なるようになるさと開き直り、いろいろ対策をしてオープンとなりました。
後は数カ所改良すればもっとオランウータンの動きを引き出せるし、
ハンモックにいるようになってくれれば、僕的には満足だと思っていました。
が!まさに、この原稿を書いている最中に無線が鳴りました
「ハンモックの編み込みロープがはずされました・・・」
ロープが垂れ下がるなんてあってはならないことです。
想定外です!
いい加減にしてくれ、と言いたいです。
これはいじめだ!
でもオランウータンは楽しそうにしているのは確かなのでよしとしますか?

ジャック

画:ゲンちゃん

2005年1月29日土曜日

ペンギン散歩の裏話(平成17年1月)

「一年の計は元旦にあり」皆さんは何を誓ったでしょうか?
僕は「あざらし館」みたいな大技はないけどマニアックに「おっ!」またやってるね!
と思われるような充実の年にしたいなと思います。
昨年は実力以上の期待を皆さんに抱かせてしまったので、
本当の実力を蓄えないとボロが出てしまいますから。

毎年走り続けるのもけっこうしんどいんですけど、
ここまで来たらどこまで行けるかチャレンジするのが運命なのかなと思います。
小技、中技?の第一弾がオランウータン館です。
予算が付けば第2弾も考えています。

今年は酉年ですね。
一昨年はこども牧場でウマとヒツジが隣同士にいたので、
一枚の写真に収まり「行く年、来る年」みたいでした。
来年はニワトリとイヌが一緒にいるので、
また「行く年、来る年」ができそうです。
うちは干支展みたいなことはやりませんが、鳥はたくさんいます。

すっかり冬の風物詩になったキングペンギンの散歩、
一昨年生まれのNo.16がまだ一緒に散歩に行きません。
初日みんなが出て行ったので、
とりあえず「待ってよ、どこ行くの」とばかりについては来たのですが、
途中で「僕(私)は何をしているんだ」と端と気づいたかのように立ち止まり、
ガンとして動かなくなりました。
おいて行くわけにもいかず、抱えてぺんぎん館に戻しました。

それ以来、昨年生まれのまだ茶色いヒナと一緒に留守番をしています。
そしてどうしてそんな行動をするのか解明していないのですが、
親ペンギンが散歩でいなくなるとNo16はしつこくヒナをつついたり乗っかったりするのです。
一見いじめているように見えるのですが、
どうも可愛さ余って…のようで愛情の表現のように見えます。
野生では同じ年に巣立った雛たちと行動を共にしている年齢です。
一羽で巣立ち仲間がいないからなのかもしれません。

ジェンツーペンギンもフンボルトペンギンも1羽ずつしか育たなかったので、
一羽でポツンとたたずんでいる時間が長く見られます。
そんな姿を見ていると、今年こそは複数の繁殖を成功させ
同年代の仲間で過ごせるようにしてやりたいと思います。

年末年始も取材、取材です。

今年もとにかく頑張るぞっと!
キングペンギン

画:ゲンちゃん