2004年7月30日金曜日

「ひらめき」と「のり」でつくったあざらし館(平成16年7月)

さてあざらし館は無事にオープンしました。
ぺんぎん館でもほっきょくぐま館でも経験したことのない入園者の増加です。
気持ち悪いくらいです。
マスコミの力はすごいものなのかもしれません。
正直どこの動物園でも水族館でも脇役のアザラシを、
ペンギンやホッキョクグマと同じような主役級に押し上げられるように
アザラシの魅力を伝えきれたのか、
またそう見てもらえるのか不安でたまりませんでした。
地元の生き物を、相変わらず顧みない日本の動物園界に、
大きな一石を投じられるのか。
また「ラッコじゃないよただのアザラシだよ。」
と言う価値観を作り出した動物園や水族館に
「見てみろ!」と言いたくて気合いが入っていました。
とは言ってみたものの
これは後になって考えて見たらこういう気持ちだったのかな…
なのかもしれません。
実は「自分の見てみたい。」を
無邪気に現実の形にしただけなような気がします。
 
社会の中で生きていると知らず知らずのうちに
常識に縛られて生活しているものです。
何でこれが常識なのかも考えずにいます。
いつの間にか、みんな無難なところに落ち着きます。
動物園のデザインもそうです。
ここ10年くらいは、どうしてここまでコピーばかりあふれるのかと思っていました。
切り口が皆同じなのです。
なぜ冒険をしないのかと。
みんな同じじゃつまらないし、疑問に思わないのか不思議でした。
僕は普段から常識がないようで、そしてあまのじゃくなところがあるので、
理論や無難に収めるのではなく、
ひらめきや感覚的なところでアイディアを思いつきます。
しばしば「どこを研究してあざらし館を建てたのですか?」と聞かれるのですが、
実はほとんど他の施設を調べたりはしていません。
ただ、本州の水族館で深い水槽の中を
垂直に滑るように潜るアザラシの姿が印象にあって、
縦になって移動できる水柱は「いける!」と言うひらめきと、
3Dのホログラムのような不思議な見え方も「いける!」と思ったのです。

アザラシにも来園者にもいいことづくめじゃないですか。
理詰めではなく「のり」でここまできてしまったようなところがあるのですが、
変に理屈をこね出すと旭山らしさがなくなってしまうかもしれません。
これからも無邪気に楽しくやっていかなければ…と自分に言い聞かせています。


ゴマフアザラシのハム

画:ゲンちゃん

2004年6月30日水曜日

あざらし館オープンに向けて(平成16年6月)

この手紙がつく頃、今年度最大のメインイベント「あざらし館」が
よっぽどのことがない限りオープンしているはずです。
今、オープン3週間前なのですが、
この頃から悪いことばかりが頭をよぎるようになります。
この前は浮かべてある漁船が沈没している夢を見ました。
不安のタネがいっぱい見つかるのもこの頃からです。

もうあざらし館は全てできていて、アザラシの引っ越し、
海水魚の手配、手作り看板の作成など最後の作業に取りかかっています。
まだ一般開放されていない今だけが、自分だけのあざらし館です。
夜、水中照明をつけて、アザラシを眺めています。
何時間居ても飽きなくて、
こんな贅沢いいのかなって思いながら時間が経ちます。
考えていたようにアザラシが楽しそうに泳いでいて、
水槽越しに目が合う瞬間がたまりません。
なんか言いたいのかな…なんて動物園人らしからぬことを思ったりします。
正直みんなのものになってしまうのが、ちょっと寂しいなって気分に浸っています。

さて、あざらし館で飼育的に最大のチャレンジは、魚とウミネコとの同居です。
テトラポットの隙間に魚が隠れていて、たまに出てきた魚をアザラシが追う、
漁船の縁にはウミネコがとまっている。
そんな当たり前の風景を再現したいと考えたからです。
魚の同居は水の管理がうまくいくかが勝負です。
僕たちが泳ぐプールのように、きれいにするだけならば問題ないのですが、
塩素が多いと魚は生きていけません。

そこで熱帯魚を飼育するのと同じような
生物ろ過を取り入れたシステムにしました。
先日、試験的にウグイを放したのですが、
当然アザラシに追われて命を落とすものもいたのですが、
テトラポットの隙間に逃れたものも多数居ました。
そして1週間が過ぎても、ウグイは生存しています。
ウグイがすめる水ができたのです。
しかもアザラシが見えなくなると泳いで出てくるのです。
ウグイの補充はみんなで釣ってくる作戦です。

もう一つのウミネコ同居は、これから取り組みます。

はたしてオープンの時に同居が成功しているでしょうか?

ゴマフアザラシのハム

画:ゲンちゃ

2004年5月30日日曜日

鳥インフルエンザ(平成16年5月)

今回は、あまり気が進まないけどやはり鳥インフルエンザのことを書きます。

問題の鳥インフルエンザは正しくは高病原性鳥インフルエンザで
鳥ペストって言っている伝染病です。
家畜伝染病予防法では法定伝染病に指定されていて
ニワトリ、アヒル、ウズラ、七面鳥には治療を行わず、
速やかに処分して病原体の撲滅を図ります。

一口に鳥インフルエンザといってもたくさんのタイプがあって、
現在問題になっているのはH5N1型です。
1997年に香港で初めて確認された新顔です。
去年から今年にかけて大流行して、
世界で数千万羽のニワトリが死亡あるいは処分されています。
経済的あるいは「食」に対する重大な脅威です。
さらにニワトリだけではなく、ワシタカ、フクロウ、
コウノトリの仲間、カラスなど
分類学上距離のある鳥類にも感染力があり、強い病原性を持っています。

このことが感染症を防ぐことを難しくし、
動物園としても重大な危機感を持つところです。
そして社会的な不安の原因は、ごく希ですがヒトへの感染が認められ、
致死的な病原性があることでしょう。

日本の衛生環境ではまず起きえないでしょうが、
このウイルスは自己修復機能がなく、
容易に変異する特徴を持っています。
もしこのウイルスが同じ仲間の人インフルエンザウイルスと出会い、
人同士で感染するタイプに変異したら、
想像も出来ない悲惨な事態になるとWHOでは考えていて、
厳重な監視体制を敷いています。

何で、今降ってわいたように?それとも、やっぱり野生動物は怖い?
僕は人間が生み出した怪物だと思います。

過去にヒトで大流行したインフルエンザは
鳥型と従来の人型ウイルスが
家畜のブタに感染し変異したためと考えられています。
今回は経済的な成長が著しい中国や東南アジアで大発生しました。

インフルエンザはもともとはガンやカモの仲間の腸管の中で生きている、
彼らには病原性のないウイルスです。
ごく希に他の種類の動物に感染したり、強い病原性を持ったりします。

富を優先するあまり衛生面やニワトリの健康に配慮しない
無秩序な大量飼育などは、
ウイルスにとっては信じられないような新天地です。
彼らは水やアヒルをとおして侵入してきました。
そして驚異的な感染力と病原性を持った怪物が生まれたのです。

近年のエボラ出血熱やBSE、SARS、
そして高病原性鳥インフルエンザ、
ヒトのおごりに対する強い警告のようにも思えます。
最後通告に近づいているように思えてなりません。

旭山動物園ではウイルスの侵入を何が何でも食い止めるために、
万が一の可能性を考えて、傷ついたり弱ったりした野鳥の保護活動、
アヒル、ニワトリのふれあいを一時的に止めました。

少なくとも、今後数年間は、
冬が来るたびに僕たちはこの怪物に怯えなければいけないのです。


ニワトリ

画:ゲンちゃん