2004年9月30日木曜日

タミオの死(平成16年9月)

8月18日キリンのタミオが老衰で死亡しました。
21才でした。
1才で旭山動物園に来たので20年旭川で過ごしたことになります。
僕が旭山動物園に来たときから居たので、
気候の変化が激しい旭川で
熱帯産動物を飼育する技術を一から教えてくれたのがタミオでした。

タミオはメスのマーナとの間に4頭の仔をもうけました。
99年にマーナが死亡してからは1頭で飼育していました。
タミオは亜種不明のキリンで、
「種(遺伝子)の保存の観点から、
亜種の分かっている動物を計画的に繁殖させ、
展示していこう」と言う動物園界の方針もあって
マーナの死後、新たなお嫁さんを迎えることはしませんでした。

しかし一頭になってからは運動量も落ち
たたずんでいる時間が長くなりました。
今年に入り食欲はあるのに痩せが目立つようになってきました。
また好みにも変化が出てきました。
旭山動物園では餌を与えながら
動物の解説をするガイドを頻繁に行っていますが、
去年までのタミオは、木の葉や野菜類ならば好んで食べて
バナナなどの果物を与えても食べようともしませんでした。
「キリンは本来、高いところの木の葉を食べる動物なんだね、
長い舌で葉っぱを巻き取って食べるんだね」と話をしていました。

ところが今年の春からはバナナやオレンジなどアレッと思うものを
なんでも食べるようになりました。
主食で与えていた大好物のクローバーにもあまり口を付けずに、
敷きわらに使っている乾草をわざわざ食べるようになりました。
野生種の動物はとても保守的です。
行動も食べ物にも一度安全だと分かったものに固執します。
生き抜くための本能です。
好みの激変は生命力の衰退の兆候です。

そして7月22日放飼場で倒れました。
自分の力で起立ができない状態でした。
「ついに来たか…」一瞬頭をよぎりました。

しかし,カルシウム剤などの大量投与、職員総出で首を起こし,
お座りの状態にして本当に奇跡的に立ち上がらせることができました。
タミオはその日から寝室で座って寝ることをしなくなりました。
これまでは毎日座って寝ていたのに。
人に触られた恐怖と、「座ったらもう二度と立ち上がれない」
タミオには分かっていたはずです。

僕はいかに安らかな最後を迎えさせられるかを考えていました。
でもそんな心配はいりませんでした。
8月18日朝、タミオは寝室で横たわるように死んでいました。

僕たちはタミオを通してキリンの素晴らしさ、
かけがえのなさを伝えられたのでしょうか?

キリンのタミオ

画:ゲンちゃん

2004年8月30日月曜日

野生動物保護活動の実態(平成16年8月)

さて7月も中旬を過ぎて夏本番です。
連日たくさんの来園者があり、
その数は僕たちの予想をはるかに上回っています。
この手紙の頃には結果が出ているでしょうけど、
月間の入園者数日本一が現実味を帯びてきています。
すごいことなのですが、
まだ日本一になるにはいろんな面で分不相応な気がします。
もう少し時間をかけて実力を蓄えてから
達成できた方がいいと感じています。
旭山動物園の名前が、
現実とはどんどんかけ離れて一人歩きを始めているような、
地に足がついていないような、
漠然とした不安が最近はいつも心の中にあって落ち着きません。

話は変わって、旭山動物園は昔から傷ついたり弱ったりした

地元の野生動物の保護活動を行っています。
数年前からは、金額が少ないので
数ヶ月間は「北海道」からの委託契約で行い、
残りは昔からのボランティアとして行っています。
本来野生動物は、都道府県が責任を持ち管理することになっていて、
傷病鳥獣についても動物愛護の精神から
やはり都道府県がしっかりとした考え方を基に保護活動をすべきです。
しかし、「道」の場合は保護収容施設を持っていないため、
委託事業として傷病鳥獣の保護活動を行うことにしました。
内容は市民などに保護された個体は、
まず鳥獣保護員や地元の獣医師に運ばれ(一次収容)
その中で長期の治療が必要な個体や野生復帰が見込めない個体について
動物園(二次収容)に持ち込まれるネットワーク事業です。

しかし、実際にはほとんどが直接動物園に持ち込まれています。
僕たちは本来、「道」がしっかりとした保護収容施設を持つべきだと思っていて
今は過渡期だと位置づけていました。
ところが「道」は、「これでいい」みたいなところがあって
最終的には動物園や心ある獣医師などが
ボランティアでやってもらえると見ている節があります。
今年は鳥インフルエンザのこともあって、
短期間とはいえ契約の内容について契約を始めた当初からずれてきている部分や
改善したい点について協議しました。
まずは、当初するといっていた土日対応についてです。
本来は上川支庁が窓口になり、
保護した方に「どこどこの一次収容施設に持っていって下さい。」
等の指示をするべきです。
ところがこれは「できません」。
次に持ち込まれた個体の血液検査や病原菌の検索、
死亡原因の究明などについて
「道」が責任を持ち経費も負担して欲しいとの協議には、
「委託契約でお金を払っています。
必要と考えられる検査はそちらで行って下さい。」との回答。
感染症などを防ぐことに意識が全くないようです。
ということで今年度は契約を結ばないことにしました。

今後の経過についてはまた報告します。

トビ

画:ゲンちゃん

2004年7月30日金曜日

「ひらめき」と「のり」でつくったあざらし館(平成16年7月)

さてあざらし館は無事にオープンしました。
ぺんぎん館でもほっきょくぐま館でも経験したことのない入園者の増加です。
気持ち悪いくらいです。
マスコミの力はすごいものなのかもしれません。
正直どこの動物園でも水族館でも脇役のアザラシを、
ペンギンやホッキョクグマと同じような主役級に押し上げられるように
アザラシの魅力を伝えきれたのか、
またそう見てもらえるのか不安でたまりませんでした。
地元の生き物を、相変わらず顧みない日本の動物園界に、
大きな一石を投じられるのか。
また「ラッコじゃないよただのアザラシだよ。」
と言う価値観を作り出した動物園や水族館に
「見てみろ!」と言いたくて気合いが入っていました。
とは言ってみたものの
これは後になって考えて見たらこういう気持ちだったのかな…
なのかもしれません。
実は「自分の見てみたい。」を
無邪気に現実の形にしただけなような気がします。
 
社会の中で生きていると知らず知らずのうちに
常識に縛られて生活しているものです。
何でこれが常識なのかも考えずにいます。
いつの間にか、みんな無難なところに落ち着きます。
動物園のデザインもそうです。
ここ10年くらいは、どうしてここまでコピーばかりあふれるのかと思っていました。
切り口が皆同じなのです。
なぜ冒険をしないのかと。
みんな同じじゃつまらないし、疑問に思わないのか不思議でした。
僕は普段から常識がないようで、そしてあまのじゃくなところがあるので、
理論や無難に収めるのではなく、
ひらめきや感覚的なところでアイディアを思いつきます。
しばしば「どこを研究してあざらし館を建てたのですか?」と聞かれるのですが、
実はほとんど他の施設を調べたりはしていません。
ただ、本州の水族館で深い水槽の中を
垂直に滑るように潜るアザラシの姿が印象にあって、
縦になって移動できる水柱は「いける!」と言うひらめきと、
3Dのホログラムのような不思議な見え方も「いける!」と思ったのです。

アザラシにも来園者にもいいことづくめじゃないですか。
理詰めではなく「のり」でここまできてしまったようなところがあるのですが、
変に理屈をこね出すと旭山らしさがなくなってしまうかもしれません。
これからも無邪気に楽しくやっていかなければ…と自分に言い聞かせています。


ゴマフアザラシのハム

画:ゲンちゃん