2012年4月30日月曜日

距離感 (平成24年4月)

寒さの中にも、天気の日は日差しが強くなり
春を感じるこの頃です。
春は終りと始まり、出会いと別れ、
さまざまな思いが錯綜する季節ですが、
すべて前向きに捉え、すべてを始まりに変える
力のある季節でもありますね。

動物園にも3月に入りシマフクロウ、レッサーパンダ、
ユキヒョウが新たに来園しました。
新たな環境での生活が始まります。

レッサーパンダは、人なつっこいというわけではなくて
警戒心がとても弱い動物で
新たな環境や飼育係との関係も
トラブルなく築ける個体が多い種です。

新入りのメス栃(とち)は新たな環境への適応という点では
来園して輸送箱から出た瞬間から、
新たな環境の探索を始め、自分たち(飼育係)はもとより
隣の部屋の向かえ入れる側のレッサーパンダにも目もくれることなく
我が物顔で新居を闊歩ていました。

次の日に新たなペアーを組むノノと同居させたのですが、
栃の方が我が物顔でノノの方が警戒していました。
さらに翌日に放飼場に出したのですが、
吊り橋も躊躇することなく渡りました。
そして6日目吊り橋を渡った先の木の側の囲いを乗り越え
園路を歩いていました。
積雪が原因だったので園路に出る原因は除去できたのですが、
目撃談によると、来園者が周りを取り囲む中
平然と園路を歩いていたようです。

ペットと違い野生種の動物は
他種との物理的な距離感、心理的な距離感を
絶妙なバランスで持っています。
他種を信頼することはないけど存在は認める、
食べる食べられる関係にある種が
空間を共有できる素晴らしい能力です。

旭山はその距離感を展示手法にも
日常の飼育にも取り入れて大切にしているのですが、
栃の距離感には戸惑わされます。
エサを持って寝室に入った時も
初対面なのに足にしがみつきよじ登ってきました。
エサの与え方種類が違うのにすぐに食べました。

飼育環境に関しては、
その動物が持つ能力を発揮できることが心理的に優位に働き
伸び伸びと過ごせ、見られているのではなく
見ている側の立場になれると考えているのですが、
裏を返すと人のいる側の環境は
動物が不安あるいは劣位になることを意味します。

もし優位、劣位さえ感じないのだとしたら
どのような行動に出るのか予測できません。
栃の生まれ育った環境の中での距離感は
旭山が持つ距離感と大分違います。
家ネコでもこうも無防備ではないだろうと思われるくらい、
距離感がゼロに近いのです。

さてこれからどうなるやら…
栃のあまりに近い距離感に一番悩まされるのは飼育担当者です。
胃潰瘍にならなければいいけどと心配になったりもしますが、
栃が元気ならばそれも仕方ないか、なんて思ったりもします。

後日談 この原稿は3月に書いたものです。
栃はノノとの交尾もし、
放飼場の外の世界への興味も無くなったようです。
今ではすっかり旭山の一員となりました。
レッサーパンダの栃(トチ)(ゲン画伯)

2012年3月31日土曜日

営み (平成24年3月)

今年は寒さもさることながら、積雪が多いですよね?
降雪量と言うことではなく集中的にドガッときて
どんどん積もるからなのでしょうか?
ふと見上げると最近整備したもうきん舎、
たんちょう舎の天井の網に想定外の雪が積もり
冷や汗もんのこの頃です。
自然の力には本当に脱帽です。

それでもキングペンギンの換羽も始まり、
春の足音が聞こえてきます。
空振り続きのレッサーパンダ、
3頭の子もたくましく成長した
シンリンオオカミのケンとマースにも恋の季節が訪れました。
ホッキョクグマはどうなるでしょう?
この号がでる頃にはシマフクロウ、ユキヒョウ
(※まだ来園していません。近々来園予定です)
新たに仲間入りしているかも知れません。

冬が繁殖期と言えばエゾシカ、
長らく揺るぎない地位を確保していた高齢の治夫が
その地位をまだ3才のマカロニに譲り渡しました。
エゾシカは秋になると立派な角を持ちますが、
その目的はオス同士の闘いのためです。
強いオスがメスを確保できるのです。

治夫は18才、いつ死んでも大往生という年齢です。
角が変形していわゆる4尖(せん)角ではなくなりました。
角をつき合わせた時にとても不利な形になってしまいました。
対してマカロニは3才にして
とても立派な体格4尖(せん)角になりました。
精神的にはまだ大人ではないのですが、
治夫との軽い角の突き合わせから
アレッ勝てるかもと感じたのかも知れません。

飼育下ではオスを複数頭飼育する場合は角を切ってしまい、
角による刺傷を防止することがあります。
当園でも前の放飼場では事故が起こるため
角の先端にゴムホースを着けたり、
切ってしまったりと苦労しました。
今の施設ではそのような心配は今のところ必要ありません。
狭いながらも立体的な構造なので、
お互いに姿が見えなくなる場所があり、
優位な個体が劣位の個体をとことん追い回すことがありません。
治夫もちゃんと居場所があってメスがそばにいたりもします。
ただマカロニは血気盛んで
飼育係にもスキがあれば挑んでくるようになりました。
とても危険です。
しっかりと分をわきまえさせないといけない時が来たのだなと思います。

一見何の変化もないように見える動物たちにも
さまざまな営みが繰り広げられています。
そんな変化をしっかりと感じ受け止めながら
毎日を過ごしていきたいと感じます。
マカロニ(左)と治夫(右)(ゲン画伯)

2012年2月29日水曜日

ゴンありがとう (平成24年2月)

今年は雪と寒さとの闘いの日々が続きますね。
高速道路もJRも当たり前に動いている日の方が珍しいくらいです。
このままでは札幌圏と旭川圏は
雪の壁で分断されてしまうのではないかと心配になりますね。
動物園でも団体バスが閉園ギリギリに入園してきて、
せめてペンギンの散歩だけでも見たい!
と言うことが間々あります。
まぁ旭川も札幌圏に頼らずに
頑張りなさいと言う暗示なのかも知れません…。

積雪が一メートルを超える期間が長く続くと
エゾシカの子は命を落とすと言われていますが、
山の中で必死に生きているエゾシカのことを
ふと想像する時があります。
複雑な思いになりますね。

昨年の暮れ27日にカバのゴンが急死しました。
旭山動物園オープンの昭和42年7月から
ずっと旭山動物園を見続けていました。
変な話ですが人間で開園からずっと
旭山に関わり続けている人はいません。
ゴンの目にはどのような景色が見えていたのでしょう?
残されたザブコとの間に7頭の子が成育しました。
自分が旭山に来てからは2頭の子を他園に送り出しました。

カバは繁殖力が強くオスとメスを同居させておくと
次から次に子供ができてしまうため
通常は別居飼育をし、
もらい手などの目途をつけて計画的に繁殖させるのが一般的です。
旭山の施設は成獣1頭を収容するのがやっとの寝室が
2つしかないので、跡継ぎを残すこともできませんでした。

新しい施設では3頭までは飼育できるようにしなければと
設計を進めています。
僕が就職した時に当時2才の子供のカバがザブコと同居していました。
とてもやんちゃで冬でもラッセル車のように
鼻から白い息を吹き上げながら雪中を転げ回っていました。

でもなぜかその子カバには名前がありませんでした。
そう望まれた子ではなかったのです。
繁殖制限をしていたはずなのにできちゃったのでした。
すぐにでももらい手を探してと決まっていたから
名前は付けずにいたらしいのですが、
結局7才まで母親と同居でした。
大きくなると母親の負担が大きくザブコはやつれてしまいました。
当時は水中でしか交尾は成立しないが常識で、
プールに水のない冬,寝室の扉の修理のために
一日だけ同居させました。
なんとたった一日、厳冬の雪の中愛は実を結んでしまったのでした。

日本で飼育しているカバの中で
確実に3本指に入る大きさと言われたゴン、
愛は常識をも覆すことを証明したゴン、
晩年はザブコにウザがられ同居できなかったゴン、
でも一日に数回はとなりの寝室のザブコと
ブブブブと挨拶は欠かさなかったゴン、
27日の夜ブブブブと鳴き続けていたザブコ。
たくさんの子供たち今は大人になったたくさんの人の心の中で
ゴンは今も生き続けているはずです。
ゴントサブコ(ゲン画伯)